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2017.07.07

宮崎「青島ビーチパーク」は、日本のビーチライフの理想の形だと思う

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文/前田陽一郎(Adelaideclassifieds.JP編集長)

「最高の海、最高の夏」特集の終盤では編集長である僕の個人的見解を含めた、海との理想の過ごし方について書かせていただこうと思う。
青島ビーチパーク
AOSHIMA BEACH PARK提供
今回、夏の海をテーマにした特集を作ってみてあらためて気付かされたのが、海は誰かに必ず守られているということ。そして正しく守られている海には必ず人が自然と集まる場所にもなっているという、当たり前の循環だ。

それを市政と個人と地元協力者たちの連携で実現し、全国の地方自治体から注目されるまでにした好例が、宮崎県宮崎市青島海水浴場横にある「AOSHIMA BEACH PARK(青島ビーチパーク)」

明確な目的意識を持った”統括ディレクター”の存在

宮崎といえば、全国のサーファーの間ではその波の高さと質、海岸線の長さと景観でよく知られる。ところがそれはあくまで一部の“海に近しい”人たちの間のものであって、全国はもちろん西日本エリアを見渡しても無名のローカルビーチのひとつであったことは否めなかったはずだ。
「10年前までの青島は、毎年20万人くらいの海水浴客が来ていたんですよ。ただ、その後は数万人まで減って、海の家も海水浴客の減少とともになくなってしまっていたんです」

あるインタビューで宮原くんはこう答えている。
 
不躾にも“くん”付けで呼ばせていただいているのはこの「青島ビーチパーク」の統括ディレクター、宮原秀雄さん。宮崎在住の宮原氏を“くん”付けで呼ばせてもらっているのは、彼が東京で大手広告代理店に勤めていた頃からのおつきあいに依っている。
 
宮原くんは大手広告代理店内でも評判のやり手である一方で、パーソナルなネットワークを大切し、自分が惚れたクライアントには金銭度外視で動くインディペンデントな側面があったように記憶している。
「以前から東京を離れるライフスタイルを模索はしていたんです。きっかけはひとつじゃなく。というか、そもそも広告の世界に足を踏み入れたのも、自分のなかにあらゆる知識を蓄えたかったのがきっかけだったし。ただ、仕事が面白くて辞めるタイミングがなかった、というのが正直なところでもあって」

そんな宮原くんが17年間勤めた会社を辞め、移住した先が宮崎だった。
話を元に戻そう。
 
「宮崎に引っ越してきて間もなく、知人の紹介からプロジェクトに参加することになったんですよ。東京での経験を必要としてくれたんですね」

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海水浴客の減少はレジャーの多様化のためではない

海水浴客の減少はレジャーの多様化のためではない

ちなみに現在も全国の海水浴客の減少は続いている。笹川平和財団の海洋政策研究所のホームページによると、全国の海水浴参加人口の推移は昭和62年の3,220万人から平成21年には1,680万人へとおよそ半減していることが見てとれる。この状況のおもな原因はレジャーの多様化にあるとするのが大方の見方だ。
 
本当にそうだろうか、と僕は思う。

たとえば神奈川県の逗子海水浴場の来場者数は2009年以前が20〜40万人であったのに対し、以降2012年までの3年間が50〜70万人と増加していた事例もある。(ちなみに逗子海水浴場は増加する海水浴客によるトラブルや地域住民からの苦情により音楽規制条例を制定、翌年は来浴者が6割減となったそう。)ともかく、海水浴客の減少をレジャーの多様化という“時代のせい”にするのは違うのではないか。

むしろ、人を遠ざけてしまっているのは“その海に属する人”なんじゃないかと思う。
 
宮原くんが「青島ビーチパーク」に求めたものは自身が見て、過ごしてきた、オレンジカウンティやバイロンベイ、カウアイ島の“居心地のいいビーチ”だったそう。それはビジュアルだけではなくて本質的な部分での心地良さを指している。

ビーチコミュニティの創出こそが真の目的

AOSHIMA BEACH PARK提供
AOSHIMA BEACH PARK提供
「海がサーファーだけのものじゃなくて、いろんな人が海を楽しんでいて、ライフスタイルに海が溶け込んでいる。言うなれば、人が風景を作っているんだよね」(より)という言葉のとおりに、「青島ビーチパーク」はスタイリッシュなカフェ&ショップがあり、木製のロングテーブルとキャンバスのパラソルがあり、ところどころに芝生があり、“海の近くの公園でただ時間を過ごしたいだけ”という自然なニーズを十分に受け止められる寛容さと包容力をもっている。
 
人は海水浴が目的なのではなくて、海そのものとそこで過ごす時間を求めに来ているんじゃないだろうか。ただその求めるものが時代を経るにつれてハリボテではなく、ホンモノを志向するようになっただけなのではないだろうか。

宮原くんの言葉を借りれば
「海水浴場や海の家ってのは、夏の泳げる期間だけのことを言います。それには違和感があって。海のある暮らしは年中素敵なもので、春や秋、冬にもその季節に応じた付き合い方があると思ってます。そんな多様性のあるビーチスタイル、つまりそれらのハブとなるコミュニティーの創出を目指したんです」
AOSHIMA BEACH PARK提供
AOSHIMA BEACH PARK提供

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そして大切なのは見せかけではない高いクオリティ

そして大切なのは見せかけではない高いクオリティ

「僕が参加した時点でも、すでに青島を変えようという動きはできていた。むしろすごく難しかったのは全体のイメージを市政と共有することと、東京のクオリティを宮崎で実現することでしたね」

ここで彼のいう東京クオリティとは煌びやかさやリッチさや都市っぽさではない。むしろもっと本質的な上質感だ。

「東京で17年間広告の仕事に関わってきたおかげで、僕は一流の人たちの仕事を見てこられた。この経験は大きい。東京はそういう一流たちがしのぎを削ることで常に高いレベルがキープされているんですよね。だから店舗の設え、デッキチェアやテーブルの質感、フラッグ、フリーペーパーからホームページ、広報用の写真、キャッチコピーに至るまで、徹底的にクオリティにはこだわりました」

海から始まり市全体を巻き込んだ活動へ

「青島ビーチパーク」は今年3年目を迎え、7月8日の海開きを待たずしてすでに4月24日より営業を開始、今年は10月29日までの長期にわたって開かれる。

しかも7月、8月の土日祝日は22時まで、9月、10月でさえ21時まで営業している。海に入るだけが目的ではなく、海辺の時間を楽しむ場所を目指していることがこんなことからもわかるはずだ。

宮崎市では、全国の美食家たちが注目するプレミアム野外レストラン「」を誘致することに成功し、さらに青島に続くビーチ開発を宮崎県が管理する一ツ葉でも展開する予定だ。そして、やはりそのどちらにも宮原秀雄が関係している。
 
結果「青島ビーチパーク」は昨年の来場者が13万人を超える大盛況を記録。東京からは宮原くんを慕うクリエイターや、このパークそのものを視察に訪れる地方自治体が後を絶たないそうだ。僕は今年、いつ行けるだろうか。

◆ AOSHIMA BEACH PARK(青島ビーチパーク)

期間/4月24日(月)〜10月29日(日)
住所/宮崎県宮崎市青島2−233
営業時間/7月 月〜木10:00〜19:00、金10:00〜21:00 ※7日は19:00まで、土日祝10:00〜22:00
     8月 月〜金10:00〜21:00、土日祝10:00〜22:00
定休日/7/8月無休
URL/
お問い合わせ/☎︎0985-65-1055
※新着情報はをご確認ください。
宮原秀雄
宮原秀雄氏(写真/隈元公之)

● 宮原秀雄 /(株)キャンバス 代表取締役

1973年山口県下関市生まれ、愛知県育ち。関西学院大学経済学部卒業後、博報堂入社。2014年3月末に退職するまで17年間、アカウントプロデュース職として、大中小様々なクライアントの広告、事業展開を手がける。その後独立起業し、雑誌『CANVAS』の発行人を初め、各種ブランドやクリエイティブのディレクション、新しいコミュニティーのプロデュースなどに携わる。2015年1月に東京を離れ、家族で宮崎へ移住。青島ビーチパーク始動から、その統括ディレクターを務め、今年で3年目となる。

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