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2018.05.17

なんだか「渋谷」がおもしろくなりそう! 元広告代理店営業マン区長の描く街の近未来像とは?

渋谷生まれ渋谷育ちの渋谷区長・長谷部健さんは元広告代理店の営業マン。時代感覚に優れた柔軟な頭で考える渋谷の街の近未来像はなんだかとっても楽しそう。大人も楽しめる街づくりが期待できそうですよ!

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文/木村千鶴 写真/椙本裕子

渋谷区長・長谷部健さんは渋谷区生まれの渋谷区育ちで、前職は広告代理店の営業マンという首長としては異色の存在。30歳で会社を辞めた際、そもそもはクリエティブエージェンシーを起ち上げたいと思っていたそう。それがなぜ政治家になったかと言うと、地元原宿の商店会「欅会」の人たちに「お前にやってほしいことは渋谷のプロデュースだ、政治はソーシャルプロデュースなんだ!」と口説かれたからだといいます。

議員時代には街の掃除を行う団体「green bird」や、生涯学習プログラムを提供するNPO法人「シブヤ大学」などを立ち上げ、2015年には長谷部さんの発案で渋谷区が全国で初めて同性パートナーシップを認める「渋谷区男女平等及び多様性を尊重する社会を推進する条例」を施行。同年の区長選に出馬、当選して渋谷区長となりました。そんな型破り区長が考える渋谷の“クールな未来像”とは?

渋谷を24時間、人がいる街にしたい

――まずは渋谷駅周辺のことを伺います。現在再開発の途中ということもあって、こう、雑然としていて、以前あったような渋谷の“街”としての特徴が見えていない気がしてしまうのですが……。

「この再開発で渋谷の景色は大きく変わります。駅周辺には、エンタテインメントやクリエティブに関わるものや人を集め、インキュベーション(※地方自治体などが経営技術・金銭・人材などを提供し、育成すること)を促進していきたいと思っています。
例えば、民間業者が新しいビルをつくるとき、ライブスペースやギャラリー、インキュベーション施設を併設した場合には容積の緩和を認めて、増やした部分に人が住めるように協議を始めています。渋谷駅の周辺ってやっぱり、住んでいる人の数は少ないんですよ。でも街には24時間人の温もりが感じられる方が良いし、安心安全にもつながる。繁華街だけというのも寂しいですからね。もちろん、ホテルでもいいんです。実際ホテルは少ないので」

――確かに渋谷にはホテルが少ないですね。

「これまで渋谷区特有の建築規制条例の条件が厳しくて、ホテルの進出を抑えてしまったというのはあります。宿泊施設数を比較すると、港区の2万5000室に対して渋谷は5000室。今後の開発でいくつかできるのを入れても6000室。新宿と池袋の半分以下です。質の高いホテルを渋谷に持ってこないと渋谷の発展はないと思っています。

現に、東京に来る旅行者数の4割は渋谷に来ているのに、平均の滞在時間は14時から18時の4時間だけというデータがあります。率直に言うと、スクランブル(交差点)とハチ公前で写真を撮って宿泊する予定の街に帰っちゃう感じですね(笑)。これには僕も危機感をもっていて、3月の議会で規制緩和の方向で条例を改正しました」

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裏渋、奥渋さらには幡ヶ谷や笹塚も面白くなってきています。

渋谷をアジアのエンタメのハブにしたい

――宿泊できれば渋谷の滞在時間も増えますよね。そして楽しませる“何か”も必要。エンタテインメントやクリエティブに関するものを集める、というのはそれですね。

「そうですね。中心街にメジャーなエンタテインメントやカルチャーが集まれば、新たに生まれる文化の土壌ができるんじゃないでしょうか。
現在は東京都屋外広告物規制条例及び同施行規制があって、公道での広告や有料のイベントはできないんですよ。でも、タイムズスクエアとまではいかなくても、エンタテインメントが集まってきた時のために、ビルボードで、今週どこで何をやっているかがわかるようにしたい。プロジェクションマッピングもできれば面白い。また、Jpopがこれだけアジアでウケているのに、表現する場所が少ないのは問題かなと。渋谷がアジアのエンタテインメントのハブになるために、条例などの課題を乗り越えつつ、体制を整えたい。こういうプランをもって動き始めています」

――今もハロウインの時などはずいぶん人が集まっていますよね。

「はい。でも、ハロウインやカウントダウンも、ごみ処理や防犯含めいろいろ問題が多いんです。渋谷区の財政は主に住民税で成り立っているのですが、住民がほとんど参加しないハロウインの後片付けを住民がして、ごみ処理の費用も区の財政から。参加を有料制にできれば、ごみ処理代もだいぶまかなえます。参加者は減るでしょうけどまたそれでスタイルも変わる。一部分有料でもいいし。
それには警備面も強化しないとね。テロ対策として顔認証で入れるようにするとか。NYやパリもカウントダウンなんかはそうですよね。安全面の強化に関しても資金が必要で、それは参加者が払うというのがフェアかな、と思っています」

渋谷の“きわ”からカウンターカルチャーが生まれてくる

――渋谷がブロードウェイのようになる未来像が頭の中で膨らみました(笑)。中心街から離れた地域についてはどうでしょうか。

「渋谷は今度の開発で街が広がります。渋谷川沿いの遊歩道の整備で恵比寿、代官山への導線も良くなり、歩いて移動する人が増えるでしょう。今、渋谷に遊びに来る人たちは、電車の乗降を渋谷駅だけで済ませていません。渋谷に来て表参道や原宿で帰る人も多い。またその逆も。渋谷駅自体の乗降者数は若干ながら減ってはいるけど、数字に見えてこない人の移動がある。

街って生きていて、広がるんですよ。広がりやすい整備を行政がすればいい。駅で区切った“渋谷”という概念が変わってきていますね。裏渋、奥渋さらには幡ヶ谷や笹塚も面白くなってきています。そうやって渋谷の“きわ”が進んでいる感じかな。そこからカウンターカルチャーは自然発生する。きわではカウンターが育つ。渋谷はずっとそういう街です」

大人がもっと楽しめて、子どもは背伸びしながら成長していける街を

――その“きわ”で発生するカウンターカルチャーを育てることに対して、何か考えはありますか。

「行政が主導して文化をつくるなんて、そんなことはできないんで、むしろそれを邪魔しないようにするくらいですかね。それか下地をつくる、耕すとか、そのくらいまではできるかな。ファッションなんかのカルチャーだって民間から生まれているわけだから。
行政があれこれ進めたからといってカウンターカルチャーが育つとは限らないので(笑)。嗅覚は行動を起こす人たちが自分で持っているもの。行政が必要以上に手を出さないほうがいい分野もある」

――それはそうですね(笑)。旗振り役ではなく、耕す役に徹するのが大切ということですか。そして中心街はエンタテインメントの聖地となるように整備する、と。

「中心街も、周りとあまりに温度差があるのは良くないから、ちょうど良い温度のエンタテインメントが集まってくれれば、メジャーとカウンターのそれぞれの良さも出てくるかな、と。
官民一体の取り組みもいろいろしていますが、まだプロジェクト化が十分ではないんですね。僕らが条例なりエンタテインメント・クリエティブ特区なりで制度をつくれば、手を上げて来てくれる人がどんどん出てくる感触はある。

特区にすることで、建て替えの促進、エンタテインメント施設の増加、広告規制の緩和などが進むようになる。するとイベントが増え、楽しいから人が来るという街になる。
欲を言えば大人から子供まで楽しめる街にしたいんですよ。大人がもっと楽しめて、子どもは背伸びしながら成長していくような。
僕はこの街で育ったんです。まぁ、悪いことも良いこともたくさんありました(笑)」

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宮益坂から道玄坂を抜けて246に至る道を歩行者天国に

学校や親が教えてくれないことを渋谷の街から学んだ

――渋谷で生まれ育ったのですか。では、渋谷が一番アツかった時代をすべて見てきたことになりますよね。どんな青春時代でしたか。

「小学生まではこの街の価値に気づいていなかったんですが、中学に上がると、部活の試合後に鉢巻きが度々盗まれるんです(笑)。原宿中学校だったので、ブランドみたいなもんですね。高校、大学と進学しても、原宿に住んでいると言うと、みんながいいなって言ってくれるのがうれしくて。そうやってシティプライドが培われていったと思います。

一方で、明治神宮の入口などに夕方にでも佇むと怖いんですよ。深い森だし、ビビる(笑)。また中学生になりたての頃は109から道玄坂を見上げて“あっちは大人になってから行くとこだよね”ってなんとなく学ぶ。学校や親が教えてくれないことを街で学びました。
竹の子族、ローラー族、高校生の頃にはDCブランド、それから渋カジ、アメカジ、渋谷系の音楽、イカ天……結局ストリートカルチャーにもまれて育ってきているなと感じます。
渋谷は元々ダイバーシティ的な感覚をもった、多様な価値観を認め合ってきた地域。それがこの街の大きな武器です。路上でいろんな人たちが交じり合って、価値観をぶつけ合ってカルチャーが生まれてきている。ファッションもそうですね。
さらに言うと、新しく大きなビルができて、そこから生まれるカルチャーもあるんですけど、それだけではなく、もっとみんなが自由に交じり合える空間が必要。歩行者天国も復活させたいですね」

渋谷と表参道で歩行者天国をやりたい

――歩行者天国の復活は期待したいですね! 場所は以前と同じ、代々木公園のあたりですか?

「表参道と渋谷でやりたいんです。宮益坂からスクランブル交差点を抜けて道玄坂上がって246に出る。この道は旧大山街道、渋谷で一番の通りなんです。この道を表参道のように、渋谷の目抜き通りにしたい。そのプロジェクトは始まっています。世界中のいろんな街や道を研究して、社会実験も始める予定です。
新たなストリートカルチャーも生まれるだろうと思う。宮下公園も大きく変わり、3階建ての商業施設も誕生します。屋上は全部公園になっていて、造りとしてはNYのハイラインっぽいです。直球でストリートというわけじゃないけど、ストリートっぽい雰囲気も期待できるかな。

この開発を通して、また新しいカルチャーが生まれてくる匂いもしています。カウンター含め失くしちゃいけないものを何とか残したいですね。
でも、維持しようと思ったらダメだと思っています。常に変化しながら進んでいるものだから。ファッションだってそうですよね。古典的な文化や大切な伝統は当然維持しなければいけないけど」

次に生まれてくる価値のために種を蒔くことが仕事

――昔から、カルチャーの発信地は渋谷でした。今は工事中の場所が多いせいもあって雑然としてしまって、正直なところ“新しいビルばかりのつまらない街になっちゃうのかな”なんて思いもありました。今の状態はこれから更なる発信をするための準備、蛹の状態だったんですね。

「僕はこの街から発信されて、いろんなものが広がっていくのを、子どもの頃から見ていますからね。これからもそうありたい。渋谷は今までもずっと発信してきて広がってきてる街だから。

なんか地方都市の駅前って“渋谷化”してるところが多い気がしませんか? どこの街も似通ってきてしまっている。だからやっぱり、次の価値なんでしょうね」

――次の価値、ですか。

「それはダイバーシティなのかもしれないし、また違った形かもしれない。僕はこの街から広がっていくことを自分でも体感しているし、見ている。これを次の世代に受け渡してあげたいんですよ。
でも、それは前と同じものじゃないんですよね、たぶん。いつもテーマは変化する。同じものじゃないからこそ価値がある。その種蒔きですね。また次が出てきますよ。今新しいものができ始めているんだから。
僕らはハコを作るだけじゃダメ。耕し、種を蒔くことが仕事なんじゃないかな」

●長谷部 健(はせべ・けん)

1972年3月生まれ。渋谷区出身。大学卒業後広告代理店に入社。30歳の時に退社。2003年NPO法人「green bird」を設立、理事長就任。同年より渋谷区議。3期務めた後、2015年に渋谷区長就任。

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