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2019.03.12

10人にひとりが社長!? 中国・深圳の得体の知れない成長の秘密【vol.20】

アジアの巨大企業群は深圳で生まれています。アジア最大の通信機器会社の「ファーウェイ」、民間用ドローンで世界シェア約7割の「DJI」、中国最大SNS「WeChat」の「テンセント」、アジア最大の電気自動車メーカー「BYD」、そしてAppleのEMS会社として知られる「フォックスコン」。なぜ深圳なのか? その秘密に迫ります。

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文/加藤順彦

ほんの数年で劇的な成長をとげた深圳

2010年10月。僕は初めて深圳・東莞の地を訪れました。当時そこは“世界の工場”の名をほしいままにしていた中国において、ものづくりの中心地と言われていたエリア。中国の古都・広州で有名な広東省、その沿岸にある深圳は、もうひとつの中国である香港と地続きの大都市。

香港空港でメンバーと待ち合わせしてクルマに乗り、15分ほど走ると国境に着きます。そう、香港と深圳=中国はそれぞれ別にイミグレがあるのです。抜けると、そこは中国。市街地までは更に30分ほどでした。最近は香港と深圳を往復する越境トレインも整備され便利に。遥かに美しく広くなった深圳空港にはシンガポールや日本からも直行便が多数飛んでいるので、そちらもお勧めいたします。(2010年当時の深圳空港は地の果てにある薄暗い小さな発着場に過ぎませんでした。)

人口たった3万人の漁村に過ぎなかった深圳が、1979年に対岸の香港の返還(1996年)を見据えた鄧小平氏の指示により経済特区に指定されました。それ以降、深圳は中国内でも猛烈な近代化をリードし続け莫大な外国投資を誘致した結果、白物家電、電子機器、PC、スマホなどの製造業が中国国内で随一の発達を成し遂げました。そして今や中国最大のイノベーションの要所であり、証券取引所も設置されている中国屈指の金融センター&グローバル都市と成長しています。

深圳市の2017年の人口は1252万人。一気に大勢が引っ越し、そのまま定住という経緯から、広東省の都市にもかかわらず、広東語が喋れる人がほとんどいません。それどころか移民の数が多すぎて、中国で最も北京語(標準語)で喋る人が多い都市とも言われています。僅か40年ほどで全土から人が集まったので、どこの方言も普及しなかったということなのです。
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世界最大の電気街が、成長の要所となる

初訪問時は“世界の工場”、すなわち中国の象徴のような下請け量産地域だったのですが、2011年深圳市が5G・AI・医療・ロボット・電気自動車・ウェアラブル・ドローン等からなる戦略新興産業を選定し、先端領域のスタートアップ支援を始めました。イノベーション都市への転換を打ち出すようになったのです。その後、ものづくりが徐々に内陸へとシフトしていき、上記の新産業に加え、最新のウェブサービス開発、あらゆるIT界隈の新分野、それらを取り巻くサービス産業も大きく発展を続けています。

近年の成長の背景にはスマホを中心としたハードウェアのエコシステムがあります。深圳にはあまねくエレクトロニクス製品が生産できる電子部品、モジュールのソフト・ハード両面の設計会社、大中小零細の多様かつ無数の工場、柔軟すぎるモビリティまで、アイディアを製品化・実用化できるプレーヤーが存在するのです。以降、昨年まで7度にわたって深圳を訪問し、現地視察から商談、取引、決済まで様々なやり取りを重ねてきましたが、訪れるたびに際限なく進化を続けていることへの驚きと、唯一無二の競争力を実感しています。

この地を訪れる者を圧倒するのは、その部品調達の集積地=世界最大の電気街に発展した華強北です。立ち並ぶ雑居ビルの中に小店舗がぎっしり並び、製品に必要な電子部品は華強北だけで半日で揃います。無数の部品販売店は珠江デルタ地帯の工場群と連携しており、その場にて話をつけて短納期・小ロットでの発注が可能です。ここでは中国国内だけでなく世界各国からも生産受託の取引が行われています。界隈には時計、服飾、カバン等革製品、白物など消費財産業の末端工場、アセンブリの作業所も集中しています。敢えて言えば「深圳自体が巨大なジャストインタイム=カンバン方式で生きている」と感じます。
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なに気ないジャストアイディアが、即製品になる深圳

2011年の世界一周の旅で知り合った井上晃利さんは、大阪で肉バル、高級焼き鳥、台湾鍋などの繁盛店を営む若き経営者。連れ立って深圳を何度か訪ねるなか、彼から出てきた事業アイディアが「水や液体を炭酸飲料に変換する炭酸製造マシン」でした。世界中のあらゆる飲食店が抱えるコスト=炭酸水の廃棄に関わる問題を解決することで、外食産業と顧客との関係性を炭酸化マシンの提供を通じて、新たに構築するビジョンを持って活動したい!というのです。だいたいの飲食店においてある緑色の炭酸ボンベ(通称:ミドボン)と繋ぐだけで、お水が炭酸水になっちゃう! 液体が炭酸化しちゃう!という機器。

なるほど、そういうものは深圳なら作れるかもね。できちゃったら愉快痛快だとは思う。けどけっこうハレーション起こしそう。既存の既得権益層、産業界隈がデカいしねぇ。って話題のなかで、例によってシンガポールにメーカーとして「SODA FACTORY Singapore Pte Ltd」を設立し早3年あまり。開発と試作を繰り返すなかで、国内外で1号機を400店舗に導入。遂に完成した最新バージョンはただいまMakuakeにて。同社では現在、代理店様を世界各国で募集しています。
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深圳市民の平均年齢 32.5 歳。10人にひとりが社長!?

深圳に行くたびに思うのは、そのむき出しの野心や旺盛な起業家精神です。深圳の“アイディアを短期間で製品化できる”という大きな特徴は、ものづくりの仕組みがないアメリカや他国を大きくリードしています。だからこそ、破壊的なアイディアを持つ若者が中国全土、いや今や世界中から集まって来るんですよね。在住市民の平均年齢は 32.5 歳ですが、10人にひとりは社長とも聞いています。この20年の間に、深圳に若い起業家が集結したことは、ある種の必然性も感じます。

アジア最大の通信機器会社の「華為(ファーウェイ)」、民間用ドローンで世界シェア約7割の「大疆創業(DJI)」、中国最大SNS「WeChat」の「テンセント」、アジア最大の電気自動車メーカー「BYD」、そしてAppleのEMS会社として知られる「鴻海精密(フォックスコン)」。これらアジアの巨大企業群を生んだ深圳で、どこまでシンガポール発の日本人ウミガメが戦えるのか、僕は楽しみでならないのです。

● 加藤順彦ポール(事業家・LENSMODE PTE LTD)

ASEANで日本人の起業する事業に資本と経営の両面から参画するハンズオン型エンジェルを得意とする事業家。1967年生まれ。大阪府豊中市出身。関西学院大学在学中に株式会社リョーマの設立に参画。1992年、有限会社日広(現GMO NIKKO株式会社)を創業。2008年、NIKKOのGMOグループ傘下入りに伴い退任しシンガポールへ移住。2010年、シンガポール永住権取得。主な参画先にKAMARQ、AGRIBUDDY、ビットバンク、VoiStock等。近著『若者よ、アジアのウミガメとなれ 講演録』(ゴマブックス)。

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