2017.06.02

酒とオンナは刺激が強いのを

嗜好品を口にした時に広がる強烈な刺激は「経験的味覚」とも呼ばれ、苦味と対話する力がなければその奥にある深い味わいに到達することができない。酒を相手にそんな対話を重ねたエッセイスト、オキ・シロー氏が酔客に送る著作『今夜は何を飲もうか』(TAC出版)の中から、彼の見たシングル・モルトの奥深き世界をご紹介。

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文/オキ・シロー

「海の匂いのモルト・ウィスキー」

酒のいちばん最初のひと口、正確にいうと、グラスを口許に持っていった時にふうっと嗅ぐ、あの最初の匂いがなんともたまらない。

ウィスキー、ジン、ブランデー、日本酒と、酒はなんでもよく飲むが、みんなそれぞれに独自のいい匂いを持っている。中でも、その最初の匂いで今いちばん気に入っているのは、スコットランドのシングル・モルト・ウィスキー。とても個性的な、いい匂いを持っているのだ。

若い頃から、酒と女は個性が強く、気性の激しいのが好きだった。それで、もう何度となく手痛い思いもしてきているが、シングル・モルトを好きなところをみると、その性癖はいまだに直っていないらしい。

スコットランドの各蒸留所で造られるこのシングル・モルトはそれぞれ、まさに個性的なウィスキーの典型。何しろ、別名ラウド(うるさい)なスピリッツと呼ばれるくらいで、とても自己主張が強い。他のモルトと混ぜず、いわば“生き一本”のスコッチ・ウィスキーといったところだろうか。
1991年に刊行され、2015年に復刊。読むほどに飲みたくなる名エッセイ集だ。
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ぼくがよく飲むモルト・ウィスキーは、スコットランドでも海の中、アイレイ島とかスカイ島とか、島や海辺で造られたボウモアやラフロイグ、タリスカーといった銘柄である。これらのモルト・ウィスキーが好きなのは、それぞれ強烈なピート(泥炭)の香りの中に、海の匂いがあるからだ。

大抵ぼくは、モルト・ウィスキーは生で飲む。グラスを口に近づけ、ちょっと焦げくさい煙のような匂いを、まずたっぷりと鼻に吸いこむ。すると、その中にはっきりと海の匂いが感じられるのだ。いや、本当は、ピートの煙の匂いそのものが海の匂いなのだろう。

これは、蒸留所が海辺にあり、大麦麦芽を乾燥させるのに、潮の香りがたっぷりと染み込んだピートを使うせいらしい。つまり、あの海の匂いは、ヨードの香りなのだろう。匂いを楽しんでから、今度はウィスキーを少し口に含む。そして舌の上をゆっくりと転がして、奥の方に流す。

ウィスキーは舌の先よりも舌の両脇と奥の方がいっそうはっきりと味の判別ができるようだ。シングル・モルト、別名ラウドなウィスキーが面目を発揮するのは、まさにこの時。うるさいほどに話しかけ、自己主張してくる。

「お前さんに、俺はちょっと強すぎるんじゃないかい?どうだ、参ったろう」

最初の頃は、舌の上でモルト・ウィスキーが嘲笑しているようだった。

「ようやく俺の味に馴染んできたようだな。こうなると、もう他のウィスキーは物足りなくて飲めないだろう」

この頃は、そんな声も聞こえてくる。

スモーキーな海の匂いが口の中いっぱいに広がるのを楽しみ、そして、ゆっくりと飲みこむ。すると、口の中に再び、海の匂いの後味がゆっくりと立ち戻ってくる。

深夜、この海の匂いを嗅ぎ、舌の上のラウドな声に耳を傾けていると、実際きりがない。まるで悪女の深情けといった感じで、限度を超えてグラスがすすむ。ま、たまには情の海、いや海の匂いに溺れこむのも悪くないかと、その度に開き直って、シングル・モルトのきつい酔いに浸っていく。

●オキ・シロー

メンズ・マガジンのチーフエディターを経て、執筆活動に入る。主に酒をテーマにした掌編小説やエッセイなどを発表。著書に『ヘミングウェイの酒』(河出書房)、『寂しいマティーニ』(幻冬舎文庫)など。本文章は、『今夜は何を飲もうか』(TAC出版)より再掲。

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