• TOP
  • CARS
  • ハッピーを連れてきてくれた2台のゴルフGTI

2018.12.21

ハッピーを連れてきてくれた2台のゴルフGTI

フォルクスワーゲンのビートルの後継車として誕生したゴルフ。ビートルとの大きな違いに戸惑いながらも筆者は夢中になった。

CATEGORIES :
CREDIT :

文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

1974年。初代ゴルフの誕生は衝撃だった。

偉大なVW・タイプ1=ビートルの後継車なのに、姿もエンジニアリングも走りも、すべてが違った。180度違った。それはビートルを否定するかのようにも映った。

当然戸惑った。でも、戸惑いながらも、混乱しながらも、なぜか惹かれた。

大好きな女性が突然消えて、まるで真逆のような女性が目の前に現れた。なのに惹かれてしまう、そんな感覚とでもいえばいいのか。

ビートルはほんとうに好きだったし、今でも好きだ。これからもズーッと好きだろう。僕の中でビートルは永遠だ。でも、それでも、僕は初代ゴルフに心を奪われた。
初代ゴルフのデザイナーはジョルジェット・ジウジアーロ。カーデザイナーの名前を覚えたのは初めてだし、意識したのも初めて。僕は絵の才能はゼロだが、才能があったらジウジアーロのようになりたいとも思った。

初代ゴルフの中でも、飛びきり惹きつけられたのはGTI。パフォーマンスにも惹かれたが、それより、アクセントカラーの赤が際立つ黒のGTIに痺れた。

初代GTIは日本には正規輸入されなかったが、欧米での絶賛ぶりはいろいろな形で伝わってきた。自動車雑誌だけでなく、ファッション誌までが“スター”扱いしたほどだ。
PAGE 2
VWはゴルフGTIを単なるコンパクトスポーツハッチの地位に甘んじさせることなく、より高みに押し上げ、スターにすることで、ゴルフ全体の地位を押し上げようとした。スターになれる素材だったのはもちろんだが、VWの立てた「スター戦略」とも言えるプロモーションも秀逸だった。

スター戦略のステージにはパリが選ばれた。主役を務めるのは黒のGTIと素敵なカップル。トレンドに敏感な人たちが集まるようなエリアやスポットに、スタイリッシュなカップルの乗った黒のGTIが乗り付けるのだ。

シャンゼリーゼ通りのジョルジュサンク周辺のように、観光客を含めて多くの人が集まり、通り過ぎるスポットに何気なく停まっている、なんていう演出も台本にはあったようだ。サンジェルマンデプレにあるカフェ・ドゥマーゴの前に黒のGTIが停まり、素敵なカップルがGTIに寄りかかってお喋りしている、そんな写真をファッション誌で見たことがある。

作戦は成功した。黒のGTIはファッションツールとしても高いポジションを得た。黒のGTIに乗ることはステータスになった。発信源はわからないが、いつのまにかGTIは「ブラックビューティ」と呼ばれるようになり、トレンディなファッションツールとしても先端を走ることになったのだ。

コンパクトハッチの中でGTIは別格だった。大衆車ではなく、スペシャルな存在だった。

そんなGTIがほしくないわけはない。でも、日本では買えなかった。なぜかヤナセは、初代GTIを輸入しなかったのだ。指をくわえているしかなかった。
PAGE 3
そして、1983年に2代目GTIがデビュー。ルックスは初代の方が好きだったが、2代目の走りは素晴らしかった。とくに後から加わった16V(16バルブ)仕様の引力は強かった。

速さももちろんだが、僕が強く惹かれたのは「トラクション」(駆動力のことだが、この良し悪しで、クルマの走りは大きく左右される。とくに、FWDハイパフォーマンス車への影響は絶大。加速だけではなく、ハンドリングへの影響も大きい)。

国際試乗会でステアリングを握ったとたん、強力なパワーとトラクションを軸にした硬派な走りに魅了され、すぐほしくなった。FWD車として、ワインディングロードでの速さとコントロール性、そして、クルマ全体のバランスは超一級だった。

2代目GTIはヤナセも輸入したが、欧米より導入時期は遅れた。僕はすぐ16Vモデルを手に入れたくて策を考えた。

VWジャパンが持ち込んでいた1台のサンプルカーを譲ってもらおうと、代表のロバート・ヤンソン氏にお願いした。かなり強引なお願いだったかもしれない。そのせいかどうかはわからないが、ヤンソン氏が快諾してくれるまで時間はかからなかった。

晴れて僕はゴルフ2 GTI 16Vの日本初オーナーになった。誇らしい気分だった。さぞかし得意気な顔で乗っていたと思う。

ゴルフ2 GTI 16Vは、日本でも発売前から人気沸騰。多くの人たちが発売を待っていた。だから「どうやって手に入れたんですか?」とよく声をかけられた。「いや、VWに強いコネのある人を知っていたので」と、曖昧な返事と笑顔でサラリと返したが、本当に嬉しかった!
PAGE 4
2代目GTI 16VはVWの歴史の中でも讃えられるべき名車と僕は思っているが、賛意を示してくれる人は多い。しかし、3代目以降のGTIはユーザーの幅を拡げるためか軟派化し、僕は興味を失った。そして、GTIが再び本来の姿を取り戻したのは6代目になってから。

6代目GTIのキャッチコピーは「GTI is BACK !」。そう、VW自らが「GTIが帰ってきましたよ!」と謳ったのだ。僕も試乗して納得した。GTIは本来の姿を取り戻していた。

僕はすぐにでもほしかったのだが、MINIの特別デザインモデル、ベイズウォーターとハイゲイトの2台を買ったばかりのタイミングだったので、さすがに手は出せなかった。

しかし、7.5世代GTIに乗った時、とうとう我慢できなくなり、昨年秋の発売と同時に手に入れた。わが家の担当エリアの販売店が、デモカーとして先行予約していたフル装備のGTIを強引に譲ってもらった。ボディはホワイトだったが、一段と強くなった赤のアクセントカラーとのマッチングは、ホワイトのボディがベストなような気がする。

GTIは僕をハッピーにしてくれる。家内もまたハッピーなようで、「運転していて、楽しくてしょうがない!」という。僕も右に同じくだ。
●岡崎宏司/自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

この記事が気に入ったら「いいね!」しよう

Adelaideclassifieds.jpの最新ニュースをお届けします。

RECOMMEND FOR YOUおすすめの記事

RELATED ARTICLES関連記事

SERIES

続きを読む

SPECIAL