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2018.08.03

東京駅から横浜駅まで 18分で走破!!

「修学旅行に行くより、4日間バイクに乗りたい!」そんな高校2年生だった筆者。修学旅行をサボって、とんでもないことを思いつく……!?

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文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

高校2年の秋、修学旅行の時の話だ。

行く先は九州で2泊4日だった。ガールフレンドも一緒だし、行きたい気持ちはあった。が、4日間授業が休みになるなら、思いきりバイクに乗りたかった。

同級生のバイク仲間3人に素直な気持ちを伝えたら、彼らも同じ気持ちだった。 話はすぐまとまった。

みんなクラスが違うので、それぞれ担任の先生に許可をもらいに行った。「遅れている勉強を取り戻したい」と、大層な理由をつけて。

その場では保留になったが、数日後それぞれの担任とともに4人一緒に教員室に呼ばれた。

まず最初に口を開いたのは、いちばん年配で、生徒にも先生にも信望厚かった僕の女性担任教師だった。

「許可するわ。あなたたちが修学旅行に行かずに勉強するなんて驚きだけど、信じましょう」と。しかも笑顔で。

もうひとりの先生はやはり笑顔ながらも、けれども皮肉たっぷりに「あなた方4人ともバイク仲間ね。バイクに乗りながら勉強するの? さぞはかどるでしょうね!」ときた。

所詮はガキの悪だくみ、見破られていたようだ。にも関わらず、許可してくれた!(これぞ青学の神髄!素晴らしい学校だった!)
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さて、修学旅行当日に話は飛ぶ。サボリ組4人にはみな同級生のガールフレンドがいたので、東京駅まで送りに行こうと決めていた。
 
ノーズアートを描き込んだ革ジャンとジーンズ、ヘルメットを小脇に抱えてプラットフォームへ。

みんなはすでに列車に乗っていたが、自慢げな僕らと対極的に、向けられる視線はけっこうシラケていた。

でも、ガールフレンドたちはみなデッキまで出てきてくれた。僕の担任も。「すごい出で立ちね。それで勉強するの?」と。朝の8時頃だった。

見送った後、仲間とは分かれたが、さて、やることがない。

そこで思いついたのが「横浜駅でもう一度見送る!」こと。ガールフレンドはきっと「素敵!」と思ってくれるに違いない。

若い頃の僕が、どのくらいの単細胞ぶりだったか、これでおわかりいただけただろう。

東京駅から横浜駅までは、国道1号線で約40km弱。まともに走れば小一時間はかかる。

でも、朝も早いし、東京から横浜方面なら空いているだろう。20分で着けるかもしれない。

僕は走ってバイク置き場に。そして、全開で横浜駅に向かった。

国道1号線の下りは予想通り空いていた。前方の安全確認だけに集中した。

前方に危険な要素がない限りは全開で走った。

僕は可能な限り速く走ることに集中していた。
それ以外にはなにも考えなかった。
 
周りの景色などなにも見えなかったし、恐怖心もまるでなかった。文字通りの無我夢中。

横浜駅に近づいたとき、初めて時計を見た。
東京駅を出てから16分しか経っていなかった。間に合った!
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駅でバイクを降りた時は18分経過。駅構内を走りホームへ。列車が到着する2分前にホームに立った。完璧だった。

彼女の乗っている車両の位置に立って待った。
2分がやたらに長く感じられた。

列車がホームに入ってくる速度も遅く感じた。
もっと速く走ればいいのに、と思った。
東京駅から横浜駅まで18分! この異常な体験に僕の神経はかなり常態を逸していたのだろう。

列車が目の前に停まったとき、彼女は僕に気づかなかったが、周りが騒ぎ出した。先生方が戸惑っているのも明らかだった。

僕が同じ列車に乗ってきたのでは、と思った人も少なからずいたようだ。

彼女も騒ぎに気付き、僕に気づいた。
嬉しそうな、怒ったような、泣き出しそうな、複雑な表情をしていた。

そしてすぐ乗降口のところにきてくれた。
「また、大バカやったんでしょう。もう知らないから、怪我しても…バカ!」

「ゴメン、どうしても、もう一度キミを送りたかったんだ。顔、見たかったんだよ」

「私だってそうだけど…でも、こんな無茶はダメ。絶対ダメ」と泣き出してしまった。

僕の担任がきて、彼女をなだめてくれたが、涙は止まらなかった。

すぐ発車の時間がきた。「心配させてゴメン。大人しくしているから、早く帰ってきて!」。

彼女は少しだけニッコリして、頷いた。

修学旅行が終わり、授業が始まったとき、僕は担任の先生から、放課後に呼び出された。
「もしかしたら停学かも」そんな想いが過ぎった。

でも、それは杞憂だった。「あなたがバイクが好きで、無茶をするのも、私は構わない。好きにやればいい。でも彼女を泣かせちゃダメ。男にはその責任があるのよ」と先生。

元々大好きな先生だったが、これでトドメを指された。先生の言うとおりだと思った。

それからもしばしば飛ばすことはあったが、無茶はやめた。
あの時から60年近く経っているが、シリアスな事故はゼロを続けている。
●岡崎宏司/自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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