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2018.04.14

自動車デザイン界を席巻した美の創造者、カロッツェリアは終わったのか?

ピニンファリーナ、ベルトーネ、ザガート、そしてイタルデザイン──。イタリアには名門カロッツェリアが多数存在し、歴史的名車のデザインを創造してきた。しかし、昨今、カーデザインを主導しているのは各メーカーのインハウスのデザイナーたちだ。なぜ、カロッツェリアは美しいデザインを生み出し得たのか? そして、カロッツェリアの時代は終わったのか? 

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文/小川フミオ

特別なデザインを求める顧客に支えられて成長してきたカロッツェリア

洋服やバッグにはじまり、世の中には一品製作やスペシャルオーダーが存在する。同じく、クルマにもスペシャルオーダーは存在する。それはつまり量産車では満足しない顧客が存在するということだ。

イタリアのカロッツェリアは、そんなクルマに特別なデザインを求める顧客に支えられて成長してきた。

古くは馬車の時代に端を発し、第二次大戦直後までは、とりわけ高級車の分野でカロッツェリアは珍重された。顧客はエンジンが乗ったシャシー(ベアシャシーとも呼ばれる)を購入し、好みの車体製造業者にボディのデザインを依頼した。

戦前までは欧州各地や米国にも車体製造業者が数多く存在していて、個性的なクルマを生み出してきた。いまでもデザインの美しさなどを競うコンクール・デレガンスがあると、これら特別なボディのクルマが出展され、往時を偲ぶことができる。

ピニンファリーナが美しいボディを架装したから名車になったモデルたち

戦後に入ると一部のカロッツェリアは量産車の車体デザインも手がけるようになる。

なかでもイタリアのカロッツェリアがさかんに取り沙汰されるのは、もちろんフェラーリやアルファロメオやフィアットなどで仕事をしてきたからだ。ピニンファリーナやベルトーネなどが命脈を保ってきたのは、自動車メーカーに支えられてきた面が大きい。
ピニンファリーナの代表作の一つ、フェラーリ「365GT4BB」。日本におけるスーパーカーブームの中心的存在だった
ピニンファリーナの代表作の一つ、フェラーリ「365GT4BB」。日本におけるスーパーカーブームの中心的存在だった
たとえばフェラーリとピニンファリーナ。

創業者エンツォ・フェラーリにとって市販車の販売はモータースポーツの資金をかせぐために重要だった。同時に、美しいクルマを作り出すこともそのバリューを作り出す上で重要なことだった。例えば250GTO(1962)、ディーノ206GT(1967)、365GTB4デイトナ(1968)、365GT4BB(1971)といったモデルは、ピニンファリーナが美しいボディを架装したから“名車”になったともいえる。

もちろんその逆も然り。フェラーリをデザインしていたから、ピニンファリーナの名は広く知られるようになったともいえる。

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戦後におけるカロッツェリアの全盛期

戦後におけるカロッツェリアの全盛期

同様に、ベルトーネがありミケロッティがあり、ザガートがあった。ベルトーネ出身のジョルジェット・ジュジャーロ(ジウジアーロ)が1968年に設立したイタルデザインも重要な存在だ。
ベルトーネが手がけたアルファロメオの空力実験車「BAT5」
ベルトーネが手がけたアルファロメオの空力実験車「BAT5」
ベルトーネもピニンファリーナに負けていない。当時のチーフデザイナーだったフランコ・スカリオーネによるアルファロメオの空力実車BATシリーズ(1953〜)は有名だ。

量産ではアルファロメオのためにジュリエッタ・スプリント(1954)やモントリオール(1970)をデザイン。ランボルギーニにはベルトーネ在籍中のジョルジェット・ジュジャーロとマルチェロ・ガンディーニがミウラ(1966)のデザインを提供している。
ジュジャーロが退社したあと、ガンディーニはクンタッチ(カウンタック/1974)や、ランチアのストラトス(同年)なども手がけてきた。

デザインのみならず技術的にも革新性を誇っていた

カロッツェリアは一方で、技術的にも数々の独創的で革新的、かつ野心的なにアイデアを提供もしてきた。たとえば。カロッツェリア・トゥーリングが売りものにしたのは、スーパーレッジェラ(超軽量)という技術だ。

細い鋼管フレームをボディのかたちに成型し、そこにアルミニウムの外板をかぶせることでスポーツカーの必須条件だった軽量車体を実現することだった。この技術を用いた代表が、BMW328ミッレミリア・トゥーリングクーペ(1939)や、アルファロメオ1900Cスーパースプリント(1951)だ。よく知られるところで、アストンマーティンDB4(1959)、マセラティ3500と5000GT(1959)、ランボルギーニ350GTおよび400GT(1963)なども同様の技術のもとで作られている。

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カロッツェリアの創造性を支えた職人たち

カロッツェリアの創造性を支えた職人たち

イタリアのカロッツェリアが伸びたのは、レースがさかんに行われ、レース好きのイタリア人たちがスタイリッシュで軽量の車体を欲しがったという背景もある。

美しさを作るのはもちろんセンスの問題だが、ミケランジェロの作品を例にとるまでもなく、それを形にする職人たちの存在もまた大きい。

カロッツェリアを支えていたのは、アルミニウム板を叩く技術に長けた職人たちだった。その多くは一定期間契約をしてプロジェクト(つまりクルマ)を仕上げると、またほかへと移っていく“流し”だったようだ。ベルトーネでエンジニアをしていた人物にかつてそんな”流し”の職人の話を聞いたことがある。突如訪ねてきて“オレを雇ってくれ”と言うのだそうだ。

雇用のための試験はアルミニウム板を使って球体を作ること。すぐれた職人がハンマーで圧延して作った球は、たとえ5分で出来ても、どこまでもまっすぐ転がっていくという。

なぜイタリアにそんな職人が多かったのかというと、おそらく労働力の移動に比較的寛容な社会環境と、雇用環境のせいだろう。つねに多くの社員を抱えてはいられないカロッツェリアの経済事情が”流し”の職人を生み、フィアットなど大きなメーカーが仕事を多く出したことで彼らに生活の糧を与えた。

時代の先を行くデザインも提案

カロッツェリアはトリノで自動車ショーが開かれていた頃、自社のブースを構えて、自らのデザインスタディを展示するのが常だった。

それはのちに発表される新しい車の先触れ的な役割をもつこともあったし、興味を示したメーカーにそのデザインコンセプトを販売し、新しいモデルの計画をスタートさせることもあった。例えばランチアのためにストラトス(1974)をデザインしたベルトーネは、まず1971年にストラトス・ゼロというプロトタイプを提案している。

それは前宣伝の意味も兼ねていたのだろう。乗降のためにキャビン全体が開く仕掛けや、球体をしたステアリングボスなど大胆なデザインだった。未来的なスタイルは、宇宙時代の到来を感じさせる“成層圏”という名前のスポーツモデルにぴったりだったに違いない。

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イタリア人のDNAには高い審美眼が含まれている

イタリア人のDNAには高い審美眼が含まれている

もちろんイタリア人が誇らしげにいうように、象徴的にいえば、DNAのなかに高い審美眼が含まれているのも事実かもしれない。
フェラーリ「250GT」。ノーズに空けられた3つのエアインテークに注目
フェラーリ「250GT」。ノーズに空けられた3つのエアインテークに注目
フェラーリ250GTOのノーズに開けられた3つのエアインテークをめぐる有名なエピソードがある。

試験路にこのクルマを持ちこんだ際、冷却気が十分にエンジンルームに入らないことがわかった。エンジニアは金切り鋏を取り出すと、その場でチョキチョキと切り始めた。結果、それは250GTOの”デザイン”になったというわけだ。

どこにどれだけ手を加えると美が生まれるか直感的にわかる。そんな人たちなのだろう。

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カロッツェリアがまいた種子

カロッツェリアがまいた種子

時代は流れる。

フェラーリがピニンファリーナとの関係に終止符を打ったことがニュースとなって世界を駆け巡った。たとえばラ・フェラーリ(2013)は企業内デザインである。

カロッツェリアは終わったのか、そういう見方をする向きもあったろうが、結論を出すのは早い。カロッツェリアの仕事はデザインすることだけではない。実際のところ、彼らはスタイリング以外にもメーカーの先行開発の代行などを請け負うなど業務は多い。

先日、アウディの新型「A7スポーツバック」の試乗会に出かけたところ、エクステリアを担当した若いデザイナーと会った。ステファノ・ロッソというその人はシチリア出身で、アウディの前はピニンファリーナにいたそうだ。そういう企業デザイナーには何人も会ったことがある。みな、イタリアのカロッツェリアでの経験を誇りにしているようだった。

つまりカロッツェリアがかつてのように美の創造者とはいえなくなったように思えても、実際に、自動車のなかにはそのDNAがしっかり存在している。

美の遺伝子を世界にまいた。これもイタリアのカロッツェリアの、重要な仕事といえるだろう。このあともカロッツェリアの種子から美しい花が咲いてくるにちがいない。

● 小川フミオ / ライフスタイルジャーナリスト

慶應義塾大学文学部出身。自動車誌やグルメ誌の編集長を経て、フリーランスとして活躍中。活動範囲はウェブと雑誌。手がけるのはクルマ、グルメ、デザイン、インタビューなど。いわゆる文化的なことが得意でメカには弱く電球交換がせいぜい。

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