2018.03.23

超贅沢なBMWウィーク

80年代、月刊プレイボーイのBMW特集でドイツの本社まで取材に足を運んだ筆者。1週間の撮影の後、筆者を待ち受けていた予想外のサプライズとは?

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文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

1980年代半ば頃と記憶している。月間プレイボーイ誌でBMWの特集を企画した。

ちなみに、同誌はアメリカ、プレイボーイ・エンタープライズ社とのライセンス契約の下での日本版であり、1975年に創刊された。

とくに70〜80年代は発行部数も数十万部に達し、男性高級誌として飛ぶ取り落とす勢いだった。

その全盛期に、僕はクルマのページを担当していた。同じ集英社の週刊プレイボーイのクルマも担当していたので、両誌を合わせた月刊発行部数だけでも大変な数字になった。


その月刊プレイボーイ編集部から「BMW特集をやりたい」と言われたとき、僕はすぐミュンヘン取材を提案。本社取材と共に、BMWの代表的モデルで、アウトバーンとミュンヘン南部山岳部を走ろうと考えた。

ミュンヘンから南に向かうアウトバーンは交通量も多くなく、直線が多いので飛ばせる。そして、南部山岳地帯には「箱根と同じような」ワインディングロードがあるので、ハンドリング・テストの条件も揃っている。

BMW ジャパンに企画を持ってゆくと、ほぼ即決で決まった。日本法人を設立して間もないBMWジャパンはやる気満々だったし、本社側も同様だったようだ。

取材期間は1週間、代表的モデルをいつでも乗れるよう確保、本社に近いホテルの手配、取材車両の資料等々をお願いしたが、すべて無条件で受け容れてくれた。

ホテルはホリデイ・インだった。場所は本社と街の中心部の中間辺り。文句なしの立地だし、休暇ではなく、仕事をするためのホテルは気楽な方がいい。本社の担当者は、その辺りもよく理解してくれていたようだ。

取材は6月か7月だったかと思うが、ホリデイ・インはエアコン付き。なので、暑い日も快適だったし、よく眠れた。これも有り難かった。

ちなみに、当時のヨーロッパはまだエアコンの普及が進んでいなかった。たとえ5つ星ホテルであろうと、由緒ある、つまり古い建物のホテルでエアコンなしは珍しくなかったのだ。
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ホテルにチェックインすると、BMWからのメッセージを手渡されたが、そこには「ようこそ、BMWへ!」のカードと、車種名と置いてある場所を記したメモが入っていた。

320i、323i、528i、633CSi、M1 の5台をホテルの地下ガレージに置いてあるとのこと。当時のBMWを代表するモデルたちだ。BMWジャパンの広報担当者が同行して下さっていたので、BMW本社とのやりとりに不安はなかったが、こうした気遣いは嬉しかった。

早速地下ガレージに行ったが、BMW5台が並ぶ眺めにはワクワクした。とくに、633CSiとM1は輝いていた。「1週間、この5台は僕のものだ!」と思うと、なにか大金持ちにでもなったような気がした。

写真は著名なカメラマンにお願いしたのだが、1カット毎にすごい集中力とエネルギーを注ぐ仕事ぶりには感動した。

日の出前後と日没前後の光での撮影を好まれたので、当然、睡眠時間は極端に削られる。深夜12時に寝て早朝4時に起きる毎日だった。

撮影そのものもなかなかハードだった。アウトバーン走行のシーンを併走車の屋根の上から撮りたい、と言われたときはさすがに反対した。でも、熱い押しに寄り切られた。カメラマンは写真機材のなかに忍ばせてあった長いロープで手際よく身体をくくりつけ、撮影に臨む。そう、最初からそういうカットを想定していたのだ。

M1で、633CSiで、323iで、毎日走った。
アウトバーンを全開で走り、南部山岳地帯のワインディングロードを楽しんだ。ストレートシックスの鼓動感に心惹かれ、しなやかなフットワークに魅惑された1週間だった。
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その時対応してくれた本社広報部の方々のカッコよさにも痺れた。広報部長は白のディナージャケットを完璧に着こなし、ドライビングの腕もプロ並みだった。

広報課長も背の高い典型的な2枚目で、物腰も洗練されていた。その後、家内も含めて、個人的なお付き合いもさせていただいた。

仕事は順調に進んだ。いい写真も撮れたし、BMWを存分に楽しんだ。さらに、最終日、思いも寄らぬメッセージが僕宛に届いた。「ミュージアムのクルマ、お好きなものに乗っていいですよ!」とのこと。最高のプレゼントだった!

僕は迷わず「507」を指定。BMW史上もっとも美しい1台とされるモデルだ。「メカニックを助手席に同行させますが、自由に乗って下さい」との有り難い言葉も添えられていた。

でも、僕は80%で抑えた。最高速度も150k m/h で抑えた。それがマナーだと思ったからだ。同乗したメカニックは始終ニコニコ顔で座っていた。「もっと踏んでもいいですよ」とも言ってくれたが、僕は抑えた。それでも507を十分楽しめた。507の現在のオークション価格は3億円前後だと聞く。

超贅沢なBMWウィークは、超贅沢なプレゼントで締め括られた。宝物の想い出を創ってくれたBMWには今でも深く感謝している。
●岡崎宏司/自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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