文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト)
イラスト/溝呂木 陽
学生時代の僕は放送作家を志望していた。父は童話作家であると同時に、主に子供向け番組の台本を書く放送作家でもあった。父の家系を辿ると、江戸時代から「もの書き」系。父の祖母も「書道家」だった。
 
そんな血を受け継いだのか、僕も子供の頃から作文は得意だったし、父に連れられて放送局のスタジオにもよく通った。だから、放送作家を目指すのは自然の流れだったと思う。
 

青山学院は、中等部から大学までエスカレーターで進学したが、大学2年の時、日大芸術学部放送学科に入り直したのも、放送作家を目指すという気持ちがハッキリしたからだ。放送のあれこれを勉強し、卒業前年秋には就職先も民放キー局の制作部に内定した。しかし、僕の心は揺れ動いていた。
 
卒業は1964年だが、前年5月、鈴鹿での第1回日本GP観戦をきっかけに、収まっていたクルマへの、スピードへの想いが一気に吹き返してきたのだ。抑えようのないほどに。
同じ症状はかつてのバイク仲間たちにも見られた。テンションは急上昇。スポーツカーへの買い換えやチューニングアップを競うようになり、そして、鈴鹿通いが始まった。

東名高速などない時代だから、鈴鹿往復は当然国道1号線。土曜日の夜中に東京を出て、早朝鈴鹿に到着。車内でしばしの仮眠を取り、あとはひたすら鈴鹿を走る。そして、夕食を食べてから東京に向かう。仲間の多くは、これを毎週のように繰り返した。その中には、後にトヨタのワークスドライバーになった河合稔と高橋利昭もいた。
そんな日々を過ごしている中、就職内定の知らせが・・・TV局の製作部といえば、当時は花形中の花形だった職場。家族も大喜びだった。周りからは羨ましがられた。
ところが、当の本人は悩んでいた。長年憧れてきた職場にもかかわらず、拒絶反応が起きていた。「クルマから離れた生活」など考えられなくなりつつあったのだ。
 
「どうしたらクルマと一緒にいられるのか」
・・・あれこれ考えた。そして出てきた答えが「自動車雑誌の編集者になる」こと。
1962年にカー・グラフィック誌が創刊。欧米自動車専門誌のような洗練された記事と写真に引きつけられ、貪るように読んだ。主筆の小林彰太郎さんは僕の憧れだった。そう、小林彰太郎さんのようになりたい・・・そんな夢想が強まる一方だったのだ。
 
「TV局への就職をやめたい」・・・たぶん懇願にも近かっただろう僕の願いに親も折れた。加えて、知り合いの大手出版社役員を紹介してもくれた。その役員のツテで、僕は自動車専門誌編集者の席を手に入れることができたのだ。席を手に入れた専門誌とは、現在も続く「ドライバー誌」である。
 

採用を決めてくれた編集長は、新人かつ素人の僕に信じられないような仕事をさせた。
入社1号めは数ページの取材記事とインタビュー記事の2本だった。が、2号めには第1、第2特集のすべてを任せられた。活版記事がほとんどの分厚い雑誌だから、確か70ページくらいは書いたはずだ。
 
むろん驚いた。信じられなかった。でも、すごく嬉しかった。期待を裏切らないよう、懸命に取材し、懸命に調べ、徹夜を重ねて書いた。その編集長は、大分前に亡くなられたが、僕の終生の「恩人」であり「恩師」である。

第2回日本GPの取材もさせてくれた。憧れのパドックパスをもらい、憧れのレースカーを直近で見て、憧れのドライバーに話しを聞いた。夢見心地だった。放送作家のことなどきれいサッパリ忘れた。ハードな毎日だったが、辛いと思ったことはなかった。家にいる時間があまりにも少なかったので、「私と仕事とどっちが大事なの!!」と家内に怒られることも日常茶飯事になっていた。

 
こうして、僕は自動車ジャーナリストの道を踏み出したわけだが、折から、日本の自動車産業は急上昇期にあった。第1回、第2回日本GPの影響で、自動車ファンも急増。まさに絶好のタイミングだった。さらに、初めての仕事の場で、僕を強烈に鍛えてくれた「恩人」とも出会えた。すごくラッキーだった。
 
第1回日本GPの開催が1年遅かったら、小林彰太郎さんを軸にしたカーグラフィック誌の創刊が2年遅かったら・・・クルマに関わりたいという僕の夢はそれほど大きくは膨らまなかっただろう。そして、目標通りTV局に入り放送作家の道を選んでいたはずだ。「運」とは不思議なものだが、大好きなクルマと強く深く関わってこられた僕は「強運の持ち主」なのだろう。いや、絶対にそうだ。
 
●岡崎宏司/自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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