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2019.05.26

フォルクス ワーゲンが勝負をかけたあのモデルとは?

VW(フォルクス ワーゲン)プレミアム市場に打って出た意欲モデル「フェートン」はなぜ消えてしまったのか?

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文/岡崎宏司(自動車ジャーナリスト) イラスト/溝呂木 陽

岡崎宏司の「クルマ備忘録」連載 第96回

VWフェートンとガラスの工房

VWフェートンといっても、「えっ、なにそれ!?」と思う人は少なくないだろう。それもそのはず。VWフェートンは2002年に誕生したが、2016年にその歴史は幕を閉じている。

14年の歳月を生きたわけだが、その間、フルモデルチェンジは一度もなかったし、世界のどこかで「話題が沸騰する」といったこともなかった。静かな14年だった。

そんなVWフェートンだが、僕は、正式なデビュー前からいろいろな場面で接触する機会があった。見て、触れて、走って、工場を訪ねて、、かなり濃密な接触を重ねた。

「20世紀最高の自動車人」とされるフェルディナンド・ピエヒ(当時のVW会長)自らが指揮をとったフェートン・プロジェクト。

それが大きな実を結ぶことはなかったが、歩を進める過程で僕が触れた体験はとても色鮮やかなものであり、印象深いものだった。

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VWフェートンは、メルセデス・SクラスやBMW 7シリーズと真正面からぶつかる高級大型サルーンであり、VWがプレミアム・クラスへの参入を狙う先兵でもあった。

とはいえ、ブランドパワー的にはどうあがいても勝ち目はない。プレミアムブランドのほとんどは、長い歴史をもち、長い時間の中で紡いできた様々な物語、あるいは神話をベースに、他にない魅力と価値を創りあげている。

ところが、VWにはそれがまったくない。そこでVWがなにをしたかというと、徹底的な上質さと、W12という新鮮で強力なエンジンによる魅力の訴求だ。

フェートンの内外装の精緻さと質感は「驚くべきレベル」といえるものだった。ボディパネルのプレス精度は高く、組み立て精度も高い。加えて、塗装レベルも極めて高く、さらには「昔の高級車のような深みと厚み」を感じさせるものでもあった。

「最上の素材を使い、最高の技で組み立てたインテリア」とはVWの言い分だが、僕は素直に受け容れられた。

伝統的な高級車の基本様式の上に、モダンな佇まいを重ねたフェートンのインテリアが僕はとても気に入った。シンプルさと精緻さを基本にしたデザインは、贅沢ではあっても嫌みに繫がるようなものがなかったからだろう。

6ℓ・W12エンジンと4モーションの組み合わせがもたらす、上質でスポーティ、かつ高速での高いスタビリティのコンビネーションは、200k m/h オーバーのクルージングを、アウトバーンで快適に、易々とやってのけた。

フェートンのハード面での仕上がりは、強力な先輩ライバルたちに十分太刀打ちできるレベルだった。

ハード面の仕上がりと共に強いインパクトを受けたのは、フェートンを組み立てる工場。
「エルベ川のフィレンツェ」と呼ばれる美しい街、ドレスデンにその工場は建てられた。

「GLASERNE MANUFAKTUR 」の呼び名は、「ガラスの工房」と訳すのがもっとも適切かと思うが、工場ではなく工房と名付けたところにも、VWの、ピエヒ会長のフェートンへの想いが込められていた。
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つまり、ドレスデンの工場では、最新の機器や技術を駆使するだけでなく、古くから伝わるドイツの「匠の技」が随所に採り入れられていることを示唆しているわけだ。

工場の開所式前夜、僕は我慢しきれずガラスの工場を1人で見に行った。雪が風に舞う寒い夜だった。街の中心地から数キロしか離れていない住宅地と工場は隣接していた。

自動車工場が私立植物園や住宅地に隣接していることにも驚いたが、キラキラと美しく輝く工場には一切塀がないことにも驚いた。世界の多くの自動車工場を見てきた僕の目には、どうしても自動車工場には見えなかった。

開所セレモニーは、ドレスデン国立歌劇場のオーケストラと少年合唱団の共演から始まった。セレモニーにはシュレーダー首相も出席していた。首相は自らフェートンのステアリングを握り、薄いグリーンのガラスと白木のフローリングに包まれた通路を笑顔で走った。

この工場でオペラが開催されたこともある。
豪雨によるエルベ川の氾濫でオペラ座が使えなくなったとき、代替場所として「ガラスの工房」が選ばれたのだ。自動車工場でのオペラ開催、、僕は他に例を知らない。

ちなみに、そのオペラのスポンサーはダイムラー・クライスラー(当時)。なので、初日にはDCのフベルト社長、VWのピシェッツリーダー社長が肩を並べて観劇するという、ちょっとした「事件?」まで起こった。ヨーロッパではけっこうな話題になったらしい。

ドレスデン工場は最終組み立て工程だけを行うが、各地からの部品はまず市外のデポに集められる。そこからは市営路面電車で工場まで運ばれるのだが、これまた強い印象に残っている。

市営路面電車は部品専用車に仕立て上げられた上で、車体はVWブルーに塗られ、大きなVWマークも描き込まれている。
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部品は、ドレスデン工場に直接トラックで運び込むのがいちばん効率的なはず。だが、そうしなかったのは「クリーン化を徹底」するためだった。

植物公園と住宅地に隣接している立地も、クリーンな工場であることを絶対的前提として
いるからこそ実現したものだろう。

ドレスデン工場の特異性はおわかり頂けたと思う。物語のない、神話のないフェートンの付加価値を高める手札の一枚として生まれたわけだが、それが実を結ぶことはなかった。

フェートンなき後は、ベントレーの組み立て等を経て、現在は「e-Golf」の生産を担っている。と同時に「VW クリーンモビリティ」の中心拠点として、さらにはドレスデン市と手を組んでの、スマートモビリティ研究開発の拠点にもなっている。

ドレスデンは美しい街だ。歴史的にも文化的にも強く惹かれる街でもある。僕はプライベートでも2度訪れている。

そんな古都の新しい文化拠点でもある「ガラスの工房」で、日々、クルマの未来が議論されているのは素敵なことだ。

● 岡崎宏司 / 自動車ジャーナリスト

1940年生まれ。本名は「ひろし」だが、ペンネームは「こうじ」と読む。青山学院大学を経て、日本大学芸術学部放送学科卒業。放送作家を志すも好きな自動車から離れられず自動車ジャーナリストに。メーカーの車両開発やデザイン等のアドバイザー、省庁の各種委員を歴任。自動車ジャーナリストの岡崎五朗氏は長男。

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